『セクターゼロ』

ハルス:男
アレンシア:女
准将:男
警備兵:どちらでも
ビールズ:男
イスラエル軍:男

とあるBARにて

女「あら、奇遇ね。」
ハルス「わざとらしい挨拶はやめてくれ。俺に何の用だ。」
女「相変わらず素っ気ない男ね。はい、これ。」
ハルス「またか…いい加減ヤバい仕事を持ってくるのは…」
女「じゃあ、宜しくね!」

大きな封筒を渡した後、踵(きびす)を返すように女はその場を立ち去る。
封筒の中身を見ると書類が入っていた。いつもの事だ。

ハルス「作戦指示書…明朝0500時デルタ強襲班及びレンジャー第6連隊がISISの幹部が乗ると思われる列車に突入、
F-177ステルスにて支援、これを撃滅されたし。カデロイド飛行場へ0330時までに出頭せよ…か。」

封筒へ書類を戻す。

ハルス「せっかくの酒が台無しだな。マスター、勘定してくれ。」

金を払った後、店から出た俺は暗い夜道を一人で歩きながら考えていた。フリーランスの傭兵は報酬が少ないとはいえ、正規の軍人よりも高く付く。
ましてパイロットとなれば尚更だ。アメリカの汚いやり方に嫌気を覚え、無理矢理退役したが、こうやって毎度依頼任務が飛び込んでくる。
さっきの女はアレンシア。アメリカ空軍の情報士官で、公式、非公式に関わらず通達任務を請け負っている。髪は赤茶でショートヘア。スラリとした美人だ。

ハルス「ステルスに何の意味がある。列車の強襲ならレーダーなんか気にする必要はないのに。まさか…いや、考え過ぎだな。」
少し違和感を覚えつつ、帰路へとついた。

翌朝-
カデロイド空軍飛行場
第7ハッチ
AM3:15

警備兵「身分証を拝見します。階級証とセキュリティアクセストークンを。」
ハルス「ハルス少尉だ。アクセスナンバー13061751。退役軍人につき敬称以下敬礼は省略する。」
警備兵「認証しました。お入り下さい。」
司令塔へと歩を急ぐ。
アレンシア「来てくれたのね。」
ハルス「しつこい女は嫌いでな。聞きたい事がある。」
アレンシア「何かしら。スリーサイズなら知ってるでしょ?」
ハルス「何故ステルスなんだ?空爆なら18なり15なりで賄えるはずだ。列車に防空レーダーなどない。」
アレンシア「あら、残念。私のことはどうでもいいのね。」
ハルス「質問に答えろ。」
アレンシア「私に聞くより、マスターコマンドの方が話が早くて?」
ハルス「それもそうだ。どけ。」

鍵のかかった扉を開けると、電子機材がたくさんある狭い部屋がある。司令室だ。

准将「いつもすまないね。他のパイロットは使い物にならなくて。君も退役してから随分とやさぐれた様だな。合衆国空軍の華を足蹴にするとは。」
ハルス「俺はもう軍人じゃない。あんたの世話になった借りを返しているだけだ。」
准将「いつまでも過去の亡霊に悩まされるな。君の判断は正しかった。」
ハルス「目の前で仲間が散った悲しみをあんたに理解出来るとは思えない。親友だった。戦友だったんだ。」
准将「第12飛行分隊…我が軍の誇りだったよ。」
ハルス「知った様な口を聞くな。」
准将「今回、君達にはシリアに飛んでもらう。高高度からのクラスター爆撃だ。固定目標攻撃だから造作もないだろう。」
ハルス「君達…?何故ステルスなんだ。高高度爆撃なら戦闘機はいらないだろう。わざわざ編隊を組む理由を教えろ。」
准将「君の口座に200万ドル送金した。問題ないだろう。」
ハルス「質問が答えになってないぞ。」
准将「この作戦には君が必要なんだ。若いパイロット達に手本を見せてやってくれ。以上だ。」

納得がいかないまま、格納庫へと向かった。

ビールズ「ハルス少尉殿ですか!」
ハルス「あぁ…君は?」
ビールズ「失礼しました。7連隊のビールズ軍曹であります!伝説の英雄12飛行分隊のエースパイロットにお目にかかれるなんて。光栄であります。」
ハルス「よせ。俺は英雄なんかじゃない。君もこのフライトに?」
ビールズ「はい!若輩者ですが御指導の程、宜しくお願い致します!」

まだ二十歳やそこらであろうこの若者は、俺を英雄と呼んだ。誰一人守ってやれなかったこの俺を。心が痛む。イスラエル戦線。あの激戦が脳裏に浮かぶ。
俺を除いて12飛行分隊が壊滅したあの戦闘…。整備不良の中、俺達は26機のパイロットを殺した。そして、唯一無二の親友を死なせた戦闘。心の支えであった軍を、飛行機を、俺は降りた。

ハルス「無理についてこなくていい。自分らしく飛ぶんだ。大事な事は、空を飛んでいるという事。推力にばかり頼ってはいけない。重力と空力を生かせ。」
ビールズ「ありがとうございます!自分らしくですね、頑張ります!行きましょうか。」
ハルス「あぁ。今回は簡単な任務らしい。爆弾を落として帰るだけだから緊張しなくていい。では、上で会おう。」

格納庫から機体が出てくる。

警備兵被り「ハーバーファイブ準備よし!ジャミング、フレア準備よし!」
ハルス「こちらハーバーファイブ、テイクリリース待機。」
ビールズ「ハーバーシックス、テイクリリース待機!」
准将「健闘を祈る。」
ハルス「お世辞なら間に合ってる。」
警備兵被り「テイクオフ!」
ハルス「了解、テイクオフ。」
ビールズ「テイクオフ!」

けたたましい音と共に戦闘機が空へと飛び立つ。
ハルス「こちらハーバーファイブ、変則隊列で飛行しろ。高度8000フィートまで上昇する。」
ビールズ「ハーバーシックス了解!」
アレンシア「…本当にいいんですか?真実を伝えなくて。仮にもエースを張ってたエリートパイロットですよ。」
准将「全てを知れば始末するしかなくなる。この組織が隠蔽体質なのは、彼も重々承知のはずだ。」
アレンシア「それは…。」
准将「君は情報士官だから許されてはいるが、この計画は国家機密レベルなんだよ。明るみに出れば、国際非難は免れない。…全てを闇に葬り去らねばならないんだ。彼等と共にな。」
アレンシア「…わかりました。准将。」

シリア付近上空
AM06:20

ビールズ「こちらハーバーシックス、応答願います。」
ハルス「ハーバーシックス、どうした。」
ビールズ「地上部隊との連絡は?どうぞ。」
ハルス「そろそろだな。コマンドに聞いてみよう。」
ビールズ「お願いします。誤爆だけは避けなければ。」
ハルス「こちらハーバーファイブ、シリア上空付近を時速120ノットで航行中。マスターコマンド、応答を。」
准将「マスターコマンドだ。捕捉出来ている。なんだね。」
ハルス「地上部隊は列車の制圧に成功したのか。爆撃ポイントからの撤退を要請する。」
准将「すでに地上部隊は容疑者を捕捉、列車内に拘束中だ。撤退は私から通達しておこう。他にあるか?」
ハルス「ポイント到着後はいつでも爆撃していいんだな?」
准将「構わない。心配するな、誤爆などあり得ない。」
ハルス「どういう意味だ。」
准将「とにかく爆弾を落とせ。許可はすでに出ている。」
ハルス「気に入らないな。何を隠している?」
准将「隠し事など私にはない。詮索する暇があるなら任務に集中したまえ。以上だ。」
ハルス「ハーバーシックス、聞いての通りだ。ステルスモードに切り替えろ。高度5000フィートまで降下する。」
ビールズ「了解です。エアブースターをロック、ステルスモードに切り替えます。クラスターハッチ解放。」
ハルス「目標地点まで残り60。投下用意!」
ビールズ「セーフティ解除。投下30秒前。」
ハルス「投下!」
ビールズ「投下!」
ハルス「目標破壊完了。これより帰投する。」
准将「あー、こちらマスターコマンド、聞こえているかね?」
ハルス「任務完了だ。」
准将「君達にはこのまま飛行を続けてもらう。シリアを脱出後、また連絡する。」
ハルス「何?話が違うぞ!このまま帰投する!」
准将「ならば…んでもらう。」
ハルス「何?もう一度言え!」

通信が切れたようだ。

ビールズ「ハルス少尉?何があったんですか?」
ハルス「どうやら俺達はハメられたらしい。まんまと騙された。」
ビールズ「…?どういう?」
イスラエル軍「こちらはイスラエル空軍だ。正体不明機、応答せよ。」
ハルス「アメリカ空軍だ。極秘任務につき、詳細は明かせない。」
イスラエル軍「大至急空域を離れたし。貴殿は空域を侵害している。」
ハルス「了解。すまないな。そちらのマスターに謝罪しておいて欲しい。オーバー。」
イスラエル軍「承知しました。…?命令が変更になりました。未確認飛行中の戦闘機を撃墜せよとのことです。」
ハルス「なんだと!?ビールズ!回避行動を取れ!」
イスラエル軍「申し訳ありませんが撃墜させて頂きます。ファイア!」
ハルス「フレア起動、右旋回後エンゲージ。」
ビールズ「了解!なっ!?上を取られました!上昇して減速、フレア起動!」
ハルス「エアブースター再起動、熱追尾誘導ミサイル発射用意!」

嫌な記憶が蘇る。

ビールズ「クソッ!間に合わない!あ″ぁー!!」
ハルス「ビールズ!!フォックス1、ファイア!フォックス2、ファイア!」
イスラエル軍「ぐわっ!」

爆発音と共にイスラエル軍の戦闘機は消え去った。

ハルス「大丈夫か!?」
ビールズ「あっ、ははは…左翼をやられました。ブースターもダウンです。脱出用ハッチも開きません。お終いですね、あはは…」
ハルス「諦めるな!脱出用ハッチは強制コネクタが二つあるはずだ。」
ビールズ「外されてる…みたいです。お世話になりました。ありがとうございます。」
ハルス「よせぇー!!」

ビールズは撃墜された。目の前で。

フラッシュバックだ。あの時の記憶が鮮明に蘇る。
ハルス「うわぁー!」

頭が痛い。とっさにミサイルの発射ボタンを押していた。

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